さらしなの歌

*自作の短歌、随時アップしています*

夜だけが見どころでなしさらしなの月の都は太陽も照る

千曲よりさらしながいいと言う人も月の都の復活うれし

戻れるという当たり前さらしなの姨捨駅に百年続く

敗者とは幸せである永遠のテーマとなりぬ永劫消えぬ

二上(ふたかみ)が落日迎ふ鏡台は月を上らす月の都に

善光(よしみつ)の寺の近くで伯父父の善教善胖(ひろ)吾の名を決めし

地名なる遺産があると合併は教えつくれり更級への道

鯉のフライ卵でとじてカキンという蓋のせたれば千曲どんぶり

すずめ寄る古りし欠け皿小屋よりのまなぶた優し主は逝きたり

ホーローの看板欲しという人に託し大谷商店閉まる

落つる滝すがすがしきはひたすらに落つるのみなり咎めぬだれも

伐りださる松は大蛇(おろち)のごと下り里人曳きてみ社にたつ

更科の月を見にきて宗匠は亡き母に会い俤(おもかげ)句なす

俤句信濃一なる大き塚建てし白雄(しらお)の決断実行

藤原の定家(ていか)の写す平安の日記の題の字さらきゅうである

さらしなを訪ねて芭蕉まとめしを更科紀行と後世伝う

さらきゅうかさらかと言いて字の違い示せどさらは不動なり

問われればさらきゅうなりと説きしのちきゅうりを味噌で食べたくなりぬ

さらしなのさらちゃんいつかさらさんと呼ばるる日の来(く)たのしみにする

山頂に一夜こもりて七月の二十八日冠着例祭

奈良朝の史書がのせたる更級の孝行ものの建部大垣(たけべのおおがき)

親に仕え税を生涯免除さる孝行おりし更級郡(さらしなごおり)

飴売りが「夏でもとけない郡村(こおりむら)」唄いてめぐる更級郡

山の神の広場に荷下ろし古老より話を聞きし冠着大学

山の神の祠の屋根の深き傷大学生が鎌研ぎし跡

二人のみ座れて里を見晴るかす冠着大岩二人岩と呼ぶ

芝原に仙石須坂三区なる境にありし大谷商店

そこそこの事業家祖父が立地決めわれの性格できてゆきたり

交われる道にバス停あるのなら水を恐れぬ高度成長

吾の生地確かなことは冠着のふもと更級入り口である

出むかえしかまち少年同年で午前0時の時報ひさびさ

校庭をくぐれる土管のさきに見し闇の果てなるちいさき真白

姨捨の棚田きょだいな真黒闇ろくまん人の時空し配す

「爺さんの代からでないと馴染まない」もっともらしさの長き年月

溢水が潤した地に人はすむ獣よ山へ戻りたまえ

ふるさとは水に浸かりて武蔵野は残り少なし森に畑に

ショベル車は久方ぶりの熟睡か走行車線ゆく隊の車両は

これ全部うちの畑でとれたもの母の成句で郷里のあさは

還暦のヤン坊マー坊いずこにて温しが冬の報を見おるか

耳かきをされたるあぐら大きくて薄目でみあげし親父のまなこ

親父なるあぐらの上の耳かきを吾娘にせぬなり哀しきわれは

白猫のチビとその母来たれども母消ゆ吾のはは習性語る

ねずみ食むチビと口づけ床なかに朝までつづく眠りもらいき

給食の乳せい品をおみやげに三つ指すがたで迎えしチビは

十四歳生年同じチビ見えず縁の下なる初の暗闇

鉄兜入れ物としてある様を間近にしたく福島にゆく

しげき草たかき草なか見つけたる女郎花のしなやかな強靭

群れをなす女郎花らのかしましさ漢字を与ふ者も見たはず

芭蕉詠むなほ露けしと旅の途ちゅう毒気をあびて目標むかう

つぶ白き花のなまえは男郎花おとこのほうが純情なるか

冠雪の字を目にすれば故郷の冠着あらわる筵(むしろ)のおりん

川ぞこはすくわれ河原に移されてこの世の陽光はじめて浴びる

レジまわりいすの客らと笑う母きき耳すれど笑えなかりし

大人らのたえぬ笑いがなぞだったレジ担かえる半世紀へぬ

吾の居所にせんとあまたを捨てたれど発泡材のいち文字残す

野良の具や実りをおける場になりて集まりあればきれいに掃除

掃かれたる床にいちおう箒入れまとまる塵はすべて土なり

訪問日告げねど坂城の書店主は私歌集棚に待ちてくれたり

姨捨山の横顔日々に望みたる書店主の詠む更級の歌

われに集下さりしとき閉づことを決めておらるか坂城の書店主

鈍色の空の実態雲たちの集まり白きものをふらせよ

野男のほどではないが農高に学びし父をかさね集読む

五十円の小倉カップを二分割母への侵食いつも許さる

からだなる乗り物にして走るなり飲みためし毒吐き肉捨てつつ

従兄指す方に山中進みいていまのわれあり従兄逝きたり

逝く祖母の吐くるる息の悲しくて知れない得体中一知れり

「父と母その手のぬくもりいつまでも」あると思うなばか者たちよ

小六の土曜の午後に差別とふ知らぬ字板書怒りも教わる

小学の紅白帽に浮かびでし塩というもの舐めとけばよかった

頭抜けいる山は見あぐるそれぞれの場所にてすがた変ふ柔軟さ

車いぬ堤防走行往復に二時間かけて高校千日

吾の母の名は光子なる境内の牛を見ながら吾子城山小に

ばば光子善光寺(よしみつでら)の牛の名と同じと言ひき吾娘は就活

面影の塚なか永き芭蕉さん令和の月を眺めに出ずる

面影の塚に眠れる宗匠を令和が目覚ますさらしなの月

あらわれた月の面に見ているのあなたの姿恋するわたし

望月に千曲の水面焦がされて灯りなき堤防われは燃焼

鏡台に上がりてみれば姨岩のたもと賑わし美し調べ

巨大なる月の屏風を感じつつ川東行く尾根をたどりて

丸山の土にてあらわる幻の水上都市の古名は黒彦

二年住み日々に往来往生寺まれに鰻も住吉行きて

川向こうの中高通う六年の動線引けば郷里に太線

冠着をカムリキと書き北の地のポロシリ想い根をし張りたし

降らぬまま清まらぬ邦のびをして峰の白きを口から入れる

水の出し地の商機にて育ちたる店閉じ十年一九号耐ふ

全山を一つにするまえ木々叫ぶわたしはここよそれぞれの色

絵をえがき死者に報ふと画家はいう歌をつくりてあの人に会う

死の疑問小学5年と変わらないカーテンを引く母は老いたり

しらべよしかっこうもよし腕ひしぎ十字固めの必殺うつくし

かつてここ村町中心だったなとナビを外れて楽しく哀し

美しく月をし見せる東山さらしなは呼ぶ鏡台山と

吾の生地合併により消滅す更級村の入り口である

都人が峠に見たるまだ名をばつけらる前の原始さらしな

南北をつなぎし列車に眺めいて浅井作詞す更級小歌

この国の始まりなるは明日香とふ切りくちすがし千四百年

南なる生地のひとは信州の秋をロシアのごとくいいたる

同じように跳んだだけだが中一の砂場は一メートル短く

理不尽に整えらるか太松は緑をもやす天をめがけて

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御射山の美ししらべに誘われグーグルアース少し神の目

初めてのがん摘出へ父見舞い軒見上ぐれば白き鳥立つ

七郎を育むせかい御坂から眺むる父母おりんは若し

雲放つあかき光を見つめおるひとりの媼カートをともに

照る月はいずこより見しものなるか冠麓にまだ結論は出ぬ

改築の本家で見あげし大けやき使いたおして分家のかわや

三が日ひかりテーマに開館し大観春草観山迎ふ

道ありてさらしなのさと都へと人もの情報はこばれにけり

東山道(ひがしやまみち)と呼ばれしさらしなを歩みゆきたる東山人

子を誉めるように住みたる土地を誉む先人の句歌読み直してみる

幼き日まつたけ採りの朝に見た広がる雲海わが浄土なり

まつたけが採れたかどうか覚えずも昇る日指さす父を忘れず

早起きの得した時間積みゆけばわれに百歳早く来るかも

起き際のいっぱいの水流し入れ人は管であることを知る

野火の煙昇りし三本見あらためば矢の印なりわれ進むなり

東の空にあらわる黒鳥が引き伸ばしてく暁色を

元日の暁バイトに行く娘迎ふる朝日うらやむ晴れなり

土手坂の向こうの世界知りたくて若き猫らの首伸びにけり

ナポリタンつくらんと絶つウインナー添える親指同じ肉なり

山高の神代桜痛々し残れる機能おのがに使へ

つぶあんをお白湯に溶いて煮あぐればぜんざいの味になっているなり

幼子の指先にのる氷片温き朝道母の手につながる

霜柱立てる畑に陽のさして幼が踏めばおひさまはじける

登校の子ら両ももを赤くして白き吐きつつ前進しをり

稜線の向こうに見ゆる白き峰近づくほどに消えてゆきたり

特選を逃しし人は住みており飛鳥の時代にできし郡(こおり)に

町村があまたあるとき自己紹介 郡(ぐん)の生まれと老いは言ひ

新聞は元号載せて郡削る 無くてもいいものにしてしまひ

最後なる大岡村は二〇〇五年長野市となり更級郡消ゆ

郡なのに都市在住と記されて平成合併かだん大味