さらしな短歌(クリックで画像拡大)

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たぎりおる薬缶の語りカンカキタンカンカキタンとひとり居の店

そうとしか思えぬ連れ犬眺めてるあんずの花を歩みてはとまる

阿と吽(うん)のたぎる熱量その腕と足をはう血の管へびのごと

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鍛えないからだが気持ちいいと言うところで止める五十過ぎては
からだとは乗り物である堤防を走りておればわが魂(たま)あらわる

わが店の厨(くりや)に母はる緑もも色のひもたち熨斗(のし)なり春の

お彼岸の高速行けば横雲は白くおおきな翼のはばたき

みどり生う春畑の舞いおみならはシンクロなして桃実らする

故あって生れし白雲そらを駆け孤独のランナー風神の舞い

ちくま川春ゆく水はすみにけり消えていくかの峯の白雪 順徳院

わが生まる十年前に描かれし少女に似る吾娘あす二十八

魅力ある獲物あるらし雪したのジャンプのあとの春待つきつね

東山こよいの月はいずこより事務所の厨(くりや)に温む酒を

ぽっぺんのような球体ひを浴びて鏡の回る朝のしずけさ

照らさずもよき明るさにてる月をしみじみ見たり定年なれば

廃プラのごみ出しのあさ日曜のウイークデーなら知らぬ白月

信州産銘柄に吾の二字あれば半分いじょう出来あがりたる

燃えはじめ燃えひろがりて山の端は月が生まれる闇がきわまる

わがすむは川上冠着より来たる峡谷埋めし石つちの上

曇天(どんてん)に選ばれしぶどうの幹たちは歌舞伎役者のごと誇らしく

修験者(しゅげんじゃ)のおりし冠着この里をさらしなと呼び森かけたるか

吾(あ)と母の名を一字ずつ善光寺とりておわせり寄れば見上げる

善光(よしみつ)の寺の近くで叔父父の善教善胖(よしのりよしひろ)吾の名を決めし

更級小入口という交差路にさらしな堂と更級局は

更級小入口にありし駐在所よび名はやはり更級駐在

更級の郡庁ありし塩崎が長野市にあり千曲市になし
ルビなくば読めぬ人おり千曲市と冠着つけずもよき日いつ来る

世の塵をはらふ心は更級や姨捨山にうづむ黒髪 備中の昌明(長楽寺にある歌碑。更級への旅6号参照)

冬来れば雪の装ひしとやかに母を偲ばすかむりきの山 長野県麻績村の渡辺坦平さん(故人)の歌

石場ならのみやすきもの遠けれど冬の河原をけもの道ゆく

綿半を出づればそびゆ冠着は「見あげよ」と言う綿半また行く

山の端(は)にもち月あれば湯をわかしいそぎ雪見ぞ雑煮をしめに

ふる雪の結晶おなじ形なくあまたの白きミニ宇宙船
角のあるゆえに真白しふる雪は「まるくならずもよし」と言ってる
たまたまの気象のなかを落ちてきてつながり結晶六花となれる
はじまりの結晶おなじ形して地に降りる雪おなじものなし
六角の砲弾形に生まる雪衝突しながら六花となれり 
天空で生まれし雪の結晶は触れ合いながら六花にそだつ
手のひらに落つる雪ひら順番に白を埋めこむ「なれ清まれ」と
にび色の空を見ていて思うのは雪ふりたまえ降りたまえ雪
豊年のきざしと雪がいわるのは幸としらべのおなじゆえ説
雪ひらに入りこみたる音たちは居心地よくて出るを忘れる

しづもりに床出で窓を開けたれば雪畑たかくとんびの舞えり

寒すぎてひとりおれずに集いたり懸命の場のわが運転席

キョエちゃんかカラスかまよう冬枯れの岸辺にぎやかまあよく似てる

「歴史的事件」と歴史家更級郡きえるに言いて歴史にのこす
新市名「更科」「千曲」があらそいて千曲に軍配きん差であがる
郡として消滅あらたな市名にも選ばれずなり敗者さらしな
土地の名は戦略である新市名「千曲」は戦略の失敗である
山越えの案内板に「更科」とあれば坂道たのしからんに
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3月17日
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3月15日
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4月17日 平安時代に彫り出された十一面観音菩薩の春祭り
欅(けやき)なる一木彫りの智識寺の十一面の観音立像

平安の世にあらわれて千年の涙ながせる智識の菩薩

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菩薩さま峯よりくだり里人を守り守らる大御堂(おおみどう)にて

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冠着橋
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古峠
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春さがし
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さらしなの湯
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1月3日
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12月31日
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12月21日
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川沿いの店
わが生まれ育ち四十年(よそとせ)離れしもかまえは今も大谷商店

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ビューライン
千曲川西堤防を走るわれさらしな一望ビューラインなり

さらしなのビューラインだと繰り返しいつかみんなで「さらビューライン」

水の出し更級村の入口に最初なる店わが育ちたり

それなりの事業家なりしじいさんがわれの生家を商店とせり

にぎわいの築地の商い手伝いす村上女子(おなご)吾の母となる

吾の父は祖父の家にて産したる乾麺つくる主を受けつぐ

父つくるそばの香りよ添加物なくしてカビのはえることあり 

大臣賞もらいて父はふだんごと「更科そば」をつくりていたり

松代藩の財政関与の大幸を祖父はたよりて浜にいきしと

合併で消滅したる更級の村の役所にわれいちど行く

たいこう
松代の騒動起こす元凶とされし大幸ふるさと踏めぬ

たいこうと呼ばれし人はのちに知るわれと同姓大谷幸蔵

同姓であれば余計に知りたくて墓所なる古碑を手がかりにせり

焼き討ちにあいて畑のままなるに更級中学けんせつされたり

校庭の一角大き碑のありてわれの遊び場上り下りして

明治なる戦略産業養蚕は大幸浜にて大商いす

蚕界の偉人と吉田が揮毫せし戦後に大幸本になりたり

帰られぬ大幸のあと我たどり横浜仙台たずねたりけり

末裔は大幸のこと知りたいとわれ渡したり「蚕界偉人」

冠着十三仏(かむりきじゅうさんぶつ)
峯を落つ大岩ほとけに見たてたる修験者おりし冠着坊城(ぼうじょう)

明治なるふもとの村の地図の上に十三仏あり里びと復す

十三の仏は死者を浄土へとみちびく仏さま順じゅんに

冠着の峯ちかくより里に下る寺の住しょく仏名をあたう

十三の大岩不動釈迦文殊普賢に地蔵弥勒に薬師

さらなるは観音勢至阿弥陀如来阿閃(あしゅく)に大日虚空蔵菩薩

平(たいら)
善光(よしみつ)の寺の平の南端の冠着にある坊城平(ぼうじょうだいら)

峯あおぐ修験(しゅげん)の坊が立ち並び下ればそこに扇平が

戦後なる復興たくし里人は扇の名えて歴史たがやす

万代(よろずよ)にしげる万の言の葉の一葉われはさらしなに在り

児を抱(いだ)く姿の岩と見あぐるに打たれて刺さる太き大釘

うづらもち
川原がすみかでありしうづらたち宮を飾りて災いふせぐ

もち食めばさらさらすべすべ身もこころ詣でしときはうづらやの茶屋

ナウマンゾウ歩みし道なり千曲川月の都の地盤をかたむ

御麓(みふもと)と書く山里に日はしずみ久露と書くたき黒滝となる

中秋
日本の遺産となりてさらしなの月はればれと舞台にあがる 

日本の遺産となれるさらしなの月おくゆかし見えては隠る

9月21日
夜の棚だ月影吸いてま黒闇ここにおわせり大日如来

平和橋
平和橋 映画「ビルマの竪琴」に DVDをアマゾンにかう

木橋の平和橋なり川むこうの高校通い路車輪のひびき

両岸は田畑のみなり西先のお八幡(はちまん)さんへの道なりし

僧えんず中井貴一の光背としてそびえたり冠着山は

ふたたびの戦争のなき願いこめ名づけられしといまに知りたり

日本遺産
二度目なる東京五輪のはずの年千曲市認定「日本遺産」と

認定のタイトル「月の都」なりその名は千曲さらしなでなし

おぎなえぬ戦略しっぱい戦術で先達われにあうなり言いき

千曲という市名を照らすはずなのになぜさらしなを使わぬかしこく

さらしなは戦略であるしばらくは月の都を戦術とする

二〇二〇
首都の五輪にどめのはずの二〇二〇 月の都は日本遺産に

大きなる望月二つ照らす年 月の都は輝きませり 

冠着例大祭(7月28日)
いただきに一夜籠もりて冠着の精霊にあうさらしなびとは

7月26日
たっぷりとゆったり曲がるちくまがわ冠着峰にホタルとながむ