サイトアイコン

95号・姨捨への「芭蕉の道」が復活

  「更科紀行」をしたためた松尾芭蕉が、姨捨・長楽寺(千曲市八幡地区)を訪ねるために歩いたと思われる「ヲバステチカミチ(姨捨近道)」が、このたび整備され、歩けるようになりました。美濃(岐阜県)を出発して、善光寺街道を北上、猿ヶ馬場峠を越えてからは最初の集落である中原の手前で東に折れ、姨捨に立ち寄ったと考えられていたのですが、その道がどこにあるのかよく分かりませんでした。
 山仕事の記憶たどり
 「姨捨近道」とは、江戸時代後期に出版された現在の観光ガイドに当たる「善光寺道名所図会」の中、猿ヶ馬場峠一帯を描いた図版に記された道の名前です。一番下の図版がそれで、右側に見えます。その上、「ヒウチ石」の文字が見える家屋群の手前を通るのが善光寺街道です。左斜め手前に「姨捨山」と書かれ、姨岩が描かれています。長楽寺一帯で千曲川を挟んで対岸の鏡台山から上がる中秋の名月を見るため、芭蕉はこの姨捨近道をたどった可能性があるのです。
 整備してくださったのは千曲市川西地区連絡協議会です。川西というのは、千曲川の下流に向かって西側の旧更埴市域(八幡、桑原、稲荷山地区)を指す呼び名で、ここもかつて更級郡。江戸時代は善光寺街道沿いの宿場などでにぎわった地域です。それらの歴史文化にもういちど光を当てようと、猿ヶ馬場峠から北側の善光寺街道沿いを歩きやすいように道普請したり、石碑などの旧跡を整備したりしているのが同協議会です。長野県の元気づくり支援金利用団体の中で優秀賞を受賞するなど、精力的な住民活動組織です。
 事務局の山口盛男さん(桑原地区)に昨年お目にかかり、芭蕉が歩いた道もいつか整備してほしいとお願いしていたところ、4月中旬、10日ほどかけて整備してくださいました。姨捨近道の入口部分と思われるところから数十㍍いくと、もうやぶ。目の前の木を切り、笹を藪を切り開かなければ前に進めなかったそうです。山口さんのお仲間で、若かったころこの一帯の山仕事で歩いた経験のある唐沢伊和男さんや小野孝雄さんらが記憶をたどりながら、近道を明らかにしていきました。
 山中の田んぼ
 「善光寺道名所図会」の図版のにある「ヒウチ石」とは、茶屋が数件あったことで知られる「火打石」と呼ばれる地籍のことです。左上の写真をご覧ください。大岩を小石で叩くと火花が出ることからついた地籍名で、この石を壁にように利用して「名月屋寅蔵」と呼ばれる茶屋がありました。大岩の上には「をばすてはこれからゆくかかんこどり」と刻まれた句碑が建っています。
 こここから100 ㍍ほとくだったところから「姨捨近道」が始まります。整備から20 日後の5月初旬、歩いてみました。150㍍ほどいくと右に巨岩があります。ここからは水が流れています。尾根筋を歩く部分になると、両脇に沢の流れが聞こえます。沢の音がなんとも心地いいです。
 そんな感想を整備に当たった山口さんに伝えたところ、昔は沿道に田んぼもあったというお話が返ってきました。道の周辺は今は木が茂っていますが、部分的に広場のようなところもありました。沢の水が豊かに出ているので、田んぼがあっても不思議ではないと思います。
 山口さんによると、江戸時代、この一帯の茶屋は北信濃の有力大名の松代藩から、茶屋を営む人間は旅人の面倒を見たり、安全を守るため計3000坪の土地を与えられ山間地でも暮らせるよう田んぼや畑を耕して生計も立てていたそうです。
 名月と日の出の茶屋
 北信地域の歴史研究論文を載せた機関紙「長野」第56号(1974年)に、名月屋寅蔵の茶屋のご子孫で明治時代に火打石で生まれ子供時代を過ごしたという宮下広さんが昔の記憶をつづった手記を、宮崎松治さんという方が紹介しています。「姨捨近道」を下ったところに茶屋とみられる「日の出屋」があるので、山口さんの言う田んぼは、この茶屋を営んでいた人のものだったかもしれません。この一帯は今のように木が生い茂っていなかった時代は、東の丘のような尾根筋から日が昇る位置関係にあるので、それにちなんで「日の出屋」の名前がついた可能性もあります。
 入口から700㍍ほど下ると、車が通れる林道に出ます。ここからは右(東)になだらかな道が続きます。江戸時代もこの道がそのままだったか分かりませんが、宮下さんの手記に基づく地図にある「頭無」という水源地もこの林道が通過していくので、芭蕉が歩いた道である可能性があります。国道403号に出ますと、眼下に中央道と善光寺平が広がっています。長楽寺はすぐそこです。
 芭蕉が更科に来たことを記念する千曲市の「さらしな・姨捨観月祭」は今秋、26回目を迎えます。例年、ひとつの関連イベントを開催してきた栞の故郷推委員会では、「芭蕉の道」としての「姨捨近道」を大勢の人に歩いてもらうウォーキングと、芭蕉の更科紀行についてのトークショーを企画しています。
 なお千曲市川西地区振興連絡協議会では善光寺街道沿いと地区内の史跡をまとめた「さらしな歩記」を出版、イラストや地図をたくさん盛り込んで楽しい本です。屋代西沢書店(千曲市桜堂)などで販売しています。上部、「芭蕉の道」を開いている作業の様子の写真は、山口盛男さんからお借りしました。(2009年5月24日)

 画像をクリックすると、PDFが現れ、印刷できます。

モバイルバージョンを終了