資料を集める中で、義政が寺に奉納した自筆の100の和歌の巻き物があると知り、それを写真撮影してある「日本名跡叢刊・室町・足利義政・百首和歌」(二玄社)を手に入れました。月が好きだった義政だからひょっとしたら「さらしな」を詠みこんでいないか…。ありません。しかし、「月の都」がありました。「帰りくる月の都に秋はまだこころを旅の空のかりがね」(写真左、黄色の部分は金箔)。百首和歌は季節の題をもとに詠んだものです。この歌には「都初雁」という題があるので、「月の都」は必ずしもさらしなのことではなく、秋の月が美しくなった京の都に秋の風物詩である渡り鳥のかりが飛来し、秋が深まりゆく様子をふまえたものでしょう。
義政は月とかりの姿をみながら何らかの感慨にふけったことがうかがえるのですが、当時は月といえばさらしなが有名でしたから、「さらしなの月」のこともイメージし、なかなか自由にならない身だけに、実際に「月の都のさらしな」を訪ねてみたいものだという気持ちが「月の都」というフレーズに現れているのでは想像しました。(足利義政についてはシリーズ62号でも触れています) 画像をクリックするとPDFが現れ、印刷できます。