162号・「恋の里」さらしな

 質問 JR姨捨駅のスイッチバックをきっかけに恋を実らせたご夫婦がさらしなの里にいると聞いています。万葉集には千曲川を舞台にした恋の歌もあるそうですね。「さらしな」と「恋」は相性がいいのでしょうか。
 答え 急坂のためジグザグ状に列車が行きつ戻りつして進んでいくのがスイッチバックです。そうした珍しい構造になっている一つが姨捨駅で、長野市方向から普通列車で冠着トンネルを越える際は、必ずこのスイッチバックをさらしなの里で体験することになります。
 左の写真をご覧ください。いったん姨捨駅を下の線路で上って通り過ぎるのですが、しばらく行くと止まります。向きを変えてゆっくりと写真の線路の上に設けられた平坦な線路を進み、姨駅に入ります。いったん止まって方向を変えたそのタイミングを使い、男性が好意を抱いていた女性に声を掛けて交際が始まり、結婚に至ったたご夫妻がさらしなの里(羽尾五区)にいるのです。半世紀前の高校生同士の恋の実話で、通学下校時の列車で姿を毎日目にしながらもできなかった告白の勇気とチャンスをスイッチバックが与えてくれたのでした(シリーズ24、126参照)
 万葉集にある千曲川の恋の歌は「信濃なる千曲の川のさざれ石も君し踏みてば玉と拾はむ」。あなたが踏んだ千曲川の河原の石を宝石のように大事にします、という意味です(シリーズ148)。
 スイッチバックで恋を実らせるのも、好きな人が踏んだ石を宝石に見立てるのも、なんともういういしい、純情さを感じます。純粋、清純さもイメージさせる「さらしな」の地名にふさわしい恋のエピソードではないでしょうか。さらしなの里の千曲川にかかる大正橋には「信濃なる…」の和歌にちなんだ民話「恋しの湯伝説」をモチーフにつくられた石が埋め込まれています。
 最近の恋のエピソードとしては、中央高速道の姨捨サービスエリアに設けられた「恋人の聖地」です。ここからの景色が恋人たちがデートをするスポットにふさわしいとNPO法人地域活性化支援センター(静岡市)に認定されました。千曲市の観光キャッチフレーズ「芭蕉も恋する月の都」の「恋する」もこうした恋の里としてのさらしなにふさわしい言葉なのです。
 もう一つ、「さらしな」と恋の里との相性の良さを強調するために紹介したいのが、月を見ながら愛する人を思い浮かべた万葉集収載の「月恋歌」です(左上に列挙)。この中で特に「望の日に出にし月の高々に君をいませて何をか思はむ」はぞくぞくします。月を見ながら月面に愛する人の顔や姿を思い浮かべるのです。「吾が背子が挿頭の萩におく露をさやかに見よと月は照るらし」もいいです。愛する男性がプレセントしてくれたかんざしの萩の枝に付いている露が月の光で輝いている…恋の純情さがうかがえ、月が美しい「さらしな」で口ずさむのにぴったりの歌です。

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