更旅226号・ソチ五輪で響いたSARA

更旅226・さらしな音色samuneiru

 質問 「さらしな」という地名はなぜ新しさ明るさ白色のイメージをつくりだすのですか。

 A 「さらしなそば」をはじめとして、sarashinaの響きがスーパーブランド地名の大きな理由であることをシリーズ72155157などで紹介してきました、裏付ける材料がもっとほしいと思い、言葉の音が引き起こすイメージや意味合いを考えてきたのですが、「さら」の音が特に重要だと思います。
 イメージしやすい例として唱歌「春の小川」を例に挙げます。下に一番の歌詞を載せました。
 

    春の小川は さらさら行くよ 
    きしのすみれや れんげの花に
    すがたやさしく 色うつくしく
    さけよさけよと ささやきながら
 

 声に出して読んでみてください。「さらさら」に加え、「きし」「すみれ」「すがた」「やさしく」「うつくしく」「さけよさけよ」「ささやき」と、立て続けにサ行の音が響きます。なんとも明るく晴ればれしく清々しさを感じます。登場する花の色は、すみれとれんげなので赤紫系ですが、タンポポの黄色、桜のピンク、白などの豊かな色彩が目に浮かばないでしょうか。空間を貫く小川の流れが「さらさら」であることによって立ち上がる世界です。
 「春の小川」は現代の歌詞です。古代「さら」の響きはどうだったのか。同じようなのです。日本最古の歌集「万葉集」の中に次の歌があります。
多摩川にさらす手作りさらさらになにぞこの児のここだかなしき
 関東南部を流れる多摩川で、織物の白い糸にするため脱色しようと植物の繊維を水にさらしている女性の美しさ、あるいは、さらす仕事の傍らにいるわが子のかわいさを詠んだ歌です。ここで登場する「さらさら」も「春の小川」の「さらさら」と同じイメージです。「多摩川にさらす」と掛け言葉にもなっていて、水の清らかさ、空気の清々しさがきわ立ちます。
 sarashinaに含まれる母音と子音が持つ特徴を、語感研究家の方々の考察も踏まえ自分なりに左にまとめました。saraの「s」は「新」「清々しさ」などにあるように爽快感を感じさせます。「a」は開放感が抜群です。母音の中で一番口を大きく開けるせいなのでしょう。とても明るい響きです。何かがひらめいたり、思い出したりしたときに「あっ!」と言うように、一気に明るくなる感じがします。「r」は「るんるんらんらん」などにあるように躍動感があります。「ルールールルルー…」で始まる由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」の音色の心地良さ。「春の小川」の「すみれ」「れんげ」「ささやきながら」のrにも同じ効果を感じます。
 「sa」と「ra」の組み合わせは躍動感を伴った清々しさを醸し出す最強の響きかもしれません
 次は「しな」です。「し」は「静かにしろ」と言いたいとき「しっ!」と使うように大変強い響きがあります。nは「沼」「ぬるい」と使われて粘り気があり、aと一緒になると、相手を丸め込むときに「そうだろ、なっ!」と使うように、前半のsaraの響きを良い加減に強調しながらまとめる役割を担う…こじつけが過ぎるでしょうか。
 江戸時代を代表する俳人の一人、小林一茶の次の句は「さら」の音が白い世界を効果的に描写するのに使われています。
 一夜さに桜はささらほさらかな 「ささらほさら」はめちゃくちゃ、いいかげんの意味がある方言で、一茶はサクラの花が風や雨のせいで一晩で散ってしまい地面が真白になった世界を詠んでいます。
 ちょっと話題は飛びますが、こうした清々しさ好きの日本人の感性は暮らしの文化の中に息づいています。例えば、銭湯壁画の富士山。必ず雪を頂き、青空や白い雲とセットで描かれます。日本人が富士山を世界遺産にしたいと思った気持ちには、背景も含めた清々しさに引かれる感性があったと思います。ソチ冬季五輪でジャンプの高梨沙羅さんが英語やロシア語で「SARA takashina」と紹介されたときも、日本人として大変晴れ晴れしかったです。画像をクリックすると、PDFが現れ、印刷できます。