田中利典さんとさらしなの魅力を掘り下げ(更旅246)

 田中利典さん(金峯山寺前宗務総長)をお招きした、さらしなルネサンス特別企画でのご講演の様子を、1枚の報告記事にしました。画像をクリックすると、拡大します。

更旅246・田中さん講演会samuneiru

 さらしなルネサンスの特別企画「花の吉野・月のさらしな」の第2部は、午前の冠着山登山を踏まえながら、田中利典さんが吉野についてお話をしてくださいました。吉野がなぜ桜の名所になったのか。それは「桜の木から神仏の蔵王権現(ざおうごんげん)を彫り出した修験道があったから」。世界遺産への登録も、田中さんがまず手を挙げ、現在も修験道が受け継がれ、実践する人たちが吉野にはいることが評価されたそうです。
 冠着山については「ふもとから見える姿や、岩場、そこから見える景観、たたずまい、まさしく修験の行場だったことがうかがえる」とおっしゃいました。さらしなルネサンスの今後の活動については「この地に神仏を取り戻すことが大事」と助言がありました。それは、冠着山を聖なるものとして見直したり、とらえたりして、さらしなの里のシンボルであることをもっと感じていくことではないかと感じました。
 田中さんの講演の後は、さらしなルネサンスのメンバーとの対談がありました。ルネサンス会長の大谷善邦は、さらしながなぜ古代から都人をはじめ、全国の人のあこがれの場になったのかについて、「さらしなという地名のすがすがしさに一番の理由がある」と話しました。奈良の吉野山とセットで月のさらしなをにセットにした和歌を平安末期から鎌倉時代初めの天皇の側近が詠みこんだのは、さらしなという地名のすがすがしさ、吉野山の桜の花の白さ、そして身を清め、新たな自分にしていく修験道の精神性が背景にあると話しました。
 会場の八幡公民館は、さらしなの里のちょうど真ん中あたりにあり、扇のかなめ部分であるとして、今回の特別企画の場に選びました。百人をこえる方がおいでになり、ホールは満席になりました。