97号・冠着山頂で闇夜を照らすヒメボタル

 冠着山(別名・姨捨山)の頂上にいるというホタルを見るため、泊まりがけで行ってきました。毎年7月28日に行われる冠着神社例大祭の前夜に地元、羽尾地区祭典係のみなさんが、神社の中で一夜を過ごす「おこもり」と呼ばれる行事があるのですが、昨年の主務祭典取締役の中澤厚さんが、さらしなの里友の会だより第19号に「夜、ホタルが乱舞していた」という原稿を寄せ、にわかに話題になりました。
 祭典係のみなさんの間では「見た」と言う方が多いのですが、川のあたりを舞う姿しか見たことがない人ばかりなので、水のない山の上に本当にホタルがいるかどうか見に行こうと「更級人『風月の会』」(以下・風月会、同会について詳しくはシリーズ61参照)が企画を立てたのです。
 神社の中に設営
 例大祭の邪魔にならないよう祭りの前の7月25日土曜、10人ほどで、旧坂井村(現筑北村)側の山頂近くにある駐車場に自家用車を止め、食糧や飲み物を背負って上りました。あいにくの雨がちの天候で、登山中は雨に見舞われました。「おこもり」はそもそも、心身を清め、祭りの準備をするための行事だそうですが、中澤さんたちも昨年、雷が鳴り、いつ雨が降ってもおかしくない中、しめ縄を張り替える道具など重い荷物を背負って道を急いだということが、中澤さんの文章に書いてあったことを思い出しました。
 歩き始めて約30分。幸い、頂上に着くころにはあがり、上空に雲は垂れ込めていましたが、下界はしっかり見えます。すこし湿り気があるほうが、ホタルは出やすいとみんなで励まし合いました。一夜を過ごすためにまずは設営です。軽石ブロックでできた山小屋風建築の冠着神社の中に、板を敷きました。風月会会長の塚田正志さんが音頭を取り、一同、ご神前で二礼二拍手一拝。塚田会長がお賽銭を投げ、神様から一夜の宿を得る許可を得ました。
 まだ5時すぎと明るいので、暗くなるのを神社の中でお神酒をいただき歓談しながら待ちます。今回の参加者には山好きな方が多く、これまで登った日本各地の山の思い出や、夏休みを利用して登る山などの話題で盛り上がります。興じて2時間半ほど立つと、闇が深くなってきました。外に出てみました。
 境内の入口に数多く
 いました。小さな光の線がたなびいています。足元の草むらの中や、潅木の合間を縫っているように見えます。
 川でみかけるホタルとは違い、明滅しながら飛んでいます。ポッポッと光を断続的に放つのです。結果的には一つの光の帯になるのですが、前の光の残像があるので、実際の数より多くホタルがいるような気がします。小さいころに映画や漫画の中で忍者が分身の術で数を多く見せるシーンがあったことを思い出しました。
 千曲市更級地区(旧更級村)側、坊城平からの登山道の終点にある鳥居付近と、旧坂井村側からの道の終点部分の木の茂みの辺りに、特にたくさんの光が見えました。ともに冠着神社境内の入口であるということが想像をたくましくさせました。
 というのは、中澤厚さんの文章の中に、このホタルの舞いが謡曲「姨捨」を思い起こさせたという一文があったからです。能舞台のシナリオであるこの物語は、都から姨捨山の月を見るためにやってきた人に、白衣姿のさらしなの里の老女が舞いを披露するというお話なのです。山頂のとばくちで人を迎えるように白い光で舞っているホタルは、この老女の化身でもあるようだという中澤さんの見立てに説得力を覚えました。
 謡曲「姨捨」についてはシリーズ32で触れたように「さてもわれ姨捨山に来てみれば嶺平らかにして万里の空も隔てなく」と冠着山の頂上の地形と、眺めを踏まえた物語です。作者はひょっとしたら、にホタルの乱舞するこんな光景も見た上で、物語を作ったかもしれない―などとも想像を膨らませました。
 肝心の山頂のホタルの正体ですが、里に戻ってから、調べました。山の中にも実はホタルはいて、人里から離れているので見かけにくいということのようです。ヒメボタルという種類かもしれません。オスは飛びますが、メスは飛ばないので、草むらの中にいることもあるそうです。冠着山の頂上でみた光景と一致します。いずれにせよ。風月会のメンバーの知人にはホタルの研究者もいるというので、1匹持ち帰りました。餌は何かなど生態を調べて教えていただきたいと思います。
 人間の舞いも
 ここに掲載した写真についてです。左上のだいだい色は草むらの中を明滅していたホタルを手の平に乗せて撮影したものです。三脚を使わなかったので、かなりぶれています。下にいる虫がそのホタル。手の甲に乗せたもので、体長は6㍉くらいでした。
 左は山頂から眺めた里の夜景です。参加者のある方は里にいる知人に携帯電話をし、懐中電灯を振り回しているのが見えるかどうかお互いにやろうと提案し、お互いに見えたことに感激していました。ギターを持ってきた人もいて、フォークソングや更級小校歌を歌い合いました。ホタルの目には人間の舞いが映っていたかもしれません。
 右下は今回のホタル観察に当たり、冠着山のふもとの御麓地区から登山口までの史跡も勉強したときのひとこまです。案内者は郷土史研究家の大橋静雄さんです。大橋さんは健康上の問題から、山には登れませんでしたが、おかげさまで内容の濃い企画になりました。冠着トンネルの手前、スイッチバッグの羽尾信号所付近で、冠着トンネル工事の解説をしてもらっているところです。ちょうど、姨捨駅方面から電車がやってきたときでした。
 参加者の中には「冠着のホタル観察会を毎年やりたい」と言う人もおり、日付が変わるまで楽しく過ごしました。翌朝の起床は5時すぎ、ご来光を拝む機会は逸しました。代わりに富士山を待ちましたが、雲がはれず、次回のお楽しみとなりました。(2009年8月2日記)

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