美しさらしな(7) 「田毎の月」と「めし」

 山梨県南アルプス市の美術館が企画した展覧会のチラシを見て「これは田毎の月だ」と思った。載っているのは、深沢幸雄さん(2017年1月、92歳で死去)という戦後日本を代表する銅版画家の一人の「めし」という作品。白米への執念、人が食べることのすごみを感じる。どうしてこんな作品を作ったのか知りたくて資料を探しているが、まだ見つからない。
 作ったのが1956年というので想像した。このころは「日本はもはや戦後ではない」といわれ、高度経済成長が始まったころだが、戦争を体験した人には飢えの記憶がまだ生々しかった時代だ。そして芸術家を目指していた深沢さんは膝を痛めて絵を思うようには描けなくなっていたという。ヒトとして、芸術家として生きていくことに必死だったかもしれない。そのとき、生きていくための核である「米を食う」ことを表現するとしたらと考えたのだろうか。
 「田毎の月」は田んぼ1枚1枚に月が映った、実際にはありえない様子を、ほんとにあるように思わせる文学的表現。国の重要文化的景観になっている信州千曲市・さらしなの里にある「姨捨の棚田」が、その舞台として最も有名だ。実際に棚田に月が映る様子を見た自分の経験からいうと、この「めし」の世界は、夜、水を張った田に明るい月が写っている光景と重なった。米をおなかいっぱい食べたい日本人の執念が作り出した文学的な表現が「田毎の月」というフレーズだと思っているので、当時の深沢さんを取り巻く状況が、このような作品を生み出したかもしれない…。
 美術館に実物を見に行った。縦24㌢、横18㌢の小さな作品。でも自分の中では壁一面に飾りたい巨大な作品。