口ずさみたい嘆きの歌 1

世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
大伴旅人(おおとものたびと)

 作者は万葉集の編者大伴家持(おおとものやかもち)の父。晩年、妻を亡くした後に詠んだ歌です。

 この世は空しい、空しいと思うとますます悲しくなる、ほんとにただただ悲しい…。こんな言葉で目の前でじかに嘆かれたら、いたたまれなくなります。でも、この歌は口ずさんでみたくなります。むなしさを解決するための方策が記されているわけでもなく、ただただ悲しいと深く落ちて行っている歌なのにです。

 嘆きと美は紙一重です。嘆きは心の真実だからです。大伴旅人のこの歌は自分の存在にかかわる嘆きを短歌のリズムに乗せて収めたことで、多くの人の心をとらえました。サ行とカ行のすがすがしくかわいた音色の言葉を重ね、嘆きに伴いがちなじめじめした暗さを排除し、「いよよますます」という砕けた畳みかける言葉で結句を導き出していることも、口ずさむ気持ち良さにつながっています。

 嘆きが美の表現になっているから読む人のわが事と重なり心を打ちます。口ずさんだ人は心が癒され、回復の入口に立つことができます。

 万葉集の巻5収載。歌番号793

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 さらしなの里を全国に知らしめた古今和歌集の「わが心慰めかねつさらしなや姨捨山にてる月を見て」の魅力を解説する本をこのたび作りました。https://www.sarashinado.com/2025/12/12/hajimarinouta/ 慰めきれないかなしい心を癒したいとき、歌が大きな力を発揮することがあります。嘆きの歌の力について書いていきます。