さらしなの里を全国に知らしめた古今和歌集の「わが心慰めかねつさらしなや姨捨山にてる月を見て」の魅力を解説する本をこのたび作りました。https://www.sarashinado.com/2025/12/12/hajimarinouta/ 慰めきれないかなしい心を癒したいとき、歌が大きな力を発揮することがあります。嘆きの歌の力について書いています。
最後なる大岡村は二〇〇五年長野市となり更級郡消ゆ
さらしなの里が千年以上前から都人のあこがれだった理由を調べ、30年近くになります。生地の更級村という自治体名が、国の進めた昭和の大合併(1955年)でなくなり、「さらしな」を自治体名として復活させるチャンスだった平成の大合併では候補名になりながら叶わず、さらにその数年後には更級村が所属していた「更級郡」も消滅してしまいました。
この歌は、「さらしな」という地名の魅力を、多様な角度から紹介するシリーズ「更級への旅(更旅)」を書く中で私が作ったものです。短歌の月刊誌に投稿して入選しました。思いは伝わったとうれしくなりました。その思いとは無念さです。復活のチャンスを逃し、敗者に甘んじているさらしなの無念さを、散文ではなく、短歌で表現できないかと考えました。
所属する最後の自治体だった大岡村が2005年、合併して長野市となり、都人の憧れだった更級郡がなくなった―こうした歴史の経緯と事実が、短歌のリズムと音数に収まったのには驚きました。無念さはいまも変わらずですが、この歌を口ずさむと、更旅をずっと続けようあらためて思います。
「更級への旅」は次をクリックしてご覧ください。https://www.sarashinado.com/category/saratabi/
家族みな子どもにかへり秋の日を子どもどうしで遊んでみたし
小島ゆかり
一緒に遊ぶことができて楽しい子育ては、子どもが小学生ぐらいまでなので、わずか10年。過ぎてみれば、なんて短い時間だったのかと多くの人が感じていると思います。
作者はそのかなしみの中で、自分を子ども時代に戻し、産んだ子どもたちと一緒に遊ばせるという不可能な世界を想像しました。夫も子どもに戻っています。わたしには葉っぱの色づいた山の広場で一本の縄を張ってみんなで縄跳びをしている光景が浮かびました。
子ども時代に戻った親は、見た目はわが子と同じでも、考え方は30年近くの差があります。そんな子どもたちが仲良く遊べるだろうか。親の立場で小言を言っている変な子どもかもしれない。それでもあのころの子育ては楽しかった…。
「子育てはもう二度とできない」と嘆くだけでなく、その嘆きを現実にはありえない不思議な世界を創造して口ずさみたくなる短歌に表現したことで、子育てという営みの楽しさ、尊さが深く伝わってきます。
作者は短歌結社「コスモス短歌会」の同人誌「コスモス」編集人。歌集「雪麿呂」収載。
世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
大伴旅人(おおとものたびと)万葉集 巻5ー793
作者は万葉集の編者大伴家持(おおとものやかもち)の父。晩年、妻を亡くした後に詠んだ歌です。
この世は空しい、空しいと思うとますます悲しくなる、ほんとにただただ悲しい…。こんな言葉で目の前でじかに嘆かれたら、いたたまれなくなります。でも、この歌は口ずさんでみたくなります。むなしさを解決するための方策が記されているわけでもなく、ただただ悲しいと深く落ちて行っている歌なのにです。
嘆きと美は紙一重です。嘆きは心の真実だからです。大伴旅人のこの歌は自分の存在にかかわる嘆きを短歌のリズムに乗せて収めたことで、多くの人の心をとらえました。サ行とカ行のすがすがしくかわいた音色の言葉を重ね、嘆きに伴いがちなじめじめした暗さを排除し、「いよよますます」という砕けた畳みかける言葉で結句を導き出していることも、口ずさむ気持ち良さにつながっています。
嘆きが美の表現になっているから読む人のわが事と重なり心を打ちます。口ずさんだ人は心が癒され、回復の入口に立つことができます。
