NHKの歴史秘話ヒストリアで「更級日記」が取り上げられた(6月12日放送、25日再放送)。物語が大好き、源氏物語が読みたくてしかたがなかった少女時代から夫を失った晩年までを描いた貴族女性の記録で、平安時代を代表する日記文学。歴史好きな女性をターゲットしたつくりの番組なので、これまで大学研究者の論文や本を中心に「更級日記」のことを調べてきた身として大変参考になった。番組では現代語の新しい訳をした作家の江國香織さんが、「更級日記」に今触れることの意義についての語り部として登場。その江國訳が載っている本(池澤夏樹=個人編集 日本文学全集03)の表紙がおしゃれに見えたので、さっそく買った。「更級日記」を調べ始めて20年にして初めてこの日記を一気に読み通すことができた。江國さんの現代語訳でだ。
読み通せたのは、この日記の内容や歴史的事実、背景の情報が集まっていたからだけではない。江國現代語訳は面白い。そう感じた一番の理由は、日記の中に登場する和歌の意味がよく分かったからだ。「更級日記」に限らず平安時代の文学は散文の間に和歌が盛り込まれているものが多い。意味がよくわからず、ほとんどは読み飛ばしてきた。「更級日記」も同じだった。しかし、江國さんの訳は詩のように分かち書きされ、読みやすくそしてわかりやすい。なので味わいが深まる。「更級日記」には、題名となる根拠の和歌「月も出でで闇にくれたる姨捨になにとて今宵たづね来つらむ」など、約90首が盛り込まれているのだが、その意味と味わいが現代語訳で記されていなければ読みとおすことはできなかったと思う。歌を味わうことで物語がふくよかなものになり、物語の次の展開への期待が高まった。かっこでオリジナルの和歌も添えてあるので、平安時代の歌ってこういうふうにできてるんだと勉強にもなる。
古語や古文の文法をおさえることよりも、現代語訳を通じこういう物語なんだと分かる方が、ずっと古典への、そして平安時代の女性への親近感が高まる。そうした面白さがある平安時代の日記文学となれば、なぜ物語にはまったく登場しない「さらしなの里」の「更級」が題名になったのかと疑問が浮かぶだろう。番組はなぜ題名が更級となったのか詳しくは説明していないが、終盤にさらしなの里のシンボルである冠着山が「姨捨山」として大きく紹介される。「更級日記」の題名の地が、当地であることをNHKの歴史秘話ヒストリアが紹介したことは新たな局面。
「更級日記」とさらしなの里の関係については「『更級日記』題名の地」をクリックしてごらんください。「更級」は江戸時代になると「さらしなそば」というそばの名前にも発展していきます。そのことについては「さらしなそば」命名の地、さらしなそば発「さらしなの里」をどうぞ。