芸術性がある小説を書く新進作家を顕彰する文学賞「芥川賞」に名を冠せられている芥川龍之介(1892~1927年)に、「白」という童話作品があります。芥川龍之介と言えば、黒澤明監督が映画化した「羅生門」など小説が有名ですが、芥川が活躍した大正時代は多くの有力作家が童話も手がけました。「白」の主人公は、白い毛並みの「白」という名前の犬で、友達の黒い犬の「黒」を見殺しにしたことで黒い毛並みになってしまい、その罪を償おうとする物語。日本人が白の色に托してきた清廉、誠実といった美意識が子どもに届くよう表現している、どきどきはらはら、そして涙を誘う名作です。(画像クリックで拡大、印刷できます)
物語は、桜の花が咲く春の晴れたある日、いきなり怖い場面から始まります。街を歩いていた犬の白は角を曲がったとき、隣りの家の仲良しの黒色の犬「黒」が犬殺しの男に狙われているのを見掛けました。犬殺しの投げたパンにつられて黒は身の危険に全く気付いていません。白は黒に危険を知らせるため吠えようとしましたが、白に気づいた犬殺しは振り返り、「吠えたらお前から先に罠にかけてつかまえてやる」という形相になりました。白は怖くなり逃げだし、黒の「きゃあん」という叫び声を聞くだけでした。
白は自分の家に帰って、飼い主の女の子と男の子のきょうだいに目撃した様子を伝えようとしたのですが、きょうだいからは野良犬扱いされてしまいます。どうしてなのか分からず、自分の前足を見ると牛乳のように白かった毛が黒くなっており、自分の体を見回すと毛がみんな真っ黒になっているのでした。白は黒を見殺しにした罰だと考え、家を出ます。そして、罪を償うために子犬だけではなく人間も救ったりするいくつもの善い行いをします。そこまでできたのは、それで死んでもいいと思ったからで、自殺行為ともいえるものでしたが、命を失うことはありませんでした。疲れ果てた白は、最後にもう一度きょうだいに会いたいと願い、夜、家に帰ります。犬小屋で眠っていると、朝になってきょうだいが白が帰ってきたと喜んでいます…。なぜきょうだいの態度が一変したのかは、本をお読みください。
この作品を作った経緯や思いについて、芥川が書いたものが残っていないか、文献を調べました。芥川自身のものは見つかっていませんが、研究者の論考(「芥川龍之介と児童文学」関口安義著)の中に、芥川が知り合いの医師に「お伽噺(おとぎばなし)に手をつけています。出来たらお嬢さんを感心させます」という絵はがきを送っていることから、医師の10歳の女の子と、自分の同じ年頃の二人の子を読者に想定していたことが分かっています。どうして白い犬を主人公にしたのかについての芥川本人の記述は見つかっていないのですが、子どもたちに立派な大人になってもらおうと、日本人が白の色に込めて来た清浄、潔白など伝統的な日本人の美意識をモチーフに物語を構想したのは確かだと思います。
そう思うようになったのは、白が数々の善い行いの後、飼い主の所に戻った夜、浮かんでいる白い月を見て嘆く場面がたっぷり描かれていることも理由です。さらしなの里を全国に知らしめた古今和歌集の「わが心慰めかねつさらしなや姨捨山にてる月を見て」の世界そのものなのです。白が月を相手に「お月様、お月様…」と語り出す独白は感動的で、末尾に全文引用しました。芥川も文学者ですから、「わが心…」の歌は知っていたでしょう。慰めきれない犬の白の心を描くには、月の下で、月に向かって語らせるのがいいと発想したところに、日本人の伝統的な嘆きの美意識が芥川にもあったと思うのです。
物語のいろいろな場面で、色の白に関連する言葉も効果的に使っています。嘆く相手の月を「白い」と最終盤で形容する前には、野良扱いされて家を出るときに「紋白蝶」を舞わせたり、子犬を救った公園には「白薔薇」を咲かせたりしています。白を通底させ、日本人の伝統的な美意識を子どもに伝えようという意図が感じられます。白の「ろ」は可愛さを引き立たせる音色なので、犬の名前に向いており、名作童話の誕生につながっているでしょう。
この作品は1923年、女性の地位向上を目指す雑誌「女性改造」に発表され、1928年、上の写真の体裁の童話集「三つの寶」の巻頭作品として刊行されました(写真の本は復刻版)。芥川は前年の27年、自ら命を絶ち、この童話集の完成は見ていません。文章は旧字体の漢字をはじめ漢字がたくさんありますが、読み仮名が振ってあり、読みやすいです。物語はいまも感銘を受ける人が多く、2020年には、物語をひらがな書きにした「しろ」(田中伸介絵)という絵本も刊行されました。見開きすべてに絵があり、親しみやすいです。
(更旅シリーズをはじめ本サイトでは、さらしなと白の関係についてたびたび書いてきています。検索窓に「白」と打ち込んでご覧ください)
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主人公の「白」が月を相手に嘆く場面全文
お月様! お月様! わたしは黒君(くろくん)を見殺しにしました。わたしの體(からだ)のまつ黒になったのも、大かたそのせゐかと思ってゐます。しかしわたしはお嬢さんや坊ちゃんにお別れ申してから、あらゆる危険と戦って来ました。それは一つには何かの拍子に煤(すす)よりも黒い體を見ると、臆病を恥ぢる気が起ったからです。けれどもしまひには黒いのがいやさに、この黒いわたしを殺したさに、或(あるい)は火の中へ飛び込んだり、或は又(また)狼と戦ったりしましたが、不思議にもわたしの命はどんな強敵にも奪はれません。死もわたしの顔を見ると、何處(どこ)かへ逃げ去ってしまふのです。
わたしはとうとう苦しさの餘り、自殺をしようと決心しました。唯(ただ)自殺するにつけても、唯一目会いたいのは可愛がって下すったご主人です。勿論(もちろん)お嬢さんや坊ちゃんはあしたにもわたしの姿を見ると、きっと又野良犬を思ふでせう。ことによれば坊ちゃんのバットに打ち殺されてしまふかも知れません。しかしそれでも本望です。
お月様! お月様! わたしはご主人の顔を見る外に、何も願ふことはありません。その為今夜ははるばるともう一度此処(ここ)へ帰って来ました。どうか夜の明け次第お嬢さんや坊ちゃんに会はして下さい。

