さらしなの歌

4月25日 さらしなは子の地名なり科野より出づ埴科をきょうだいとして

4月18日 日と月の入るところであるゆえに峯の分かれて三峯の説

4月10日 いくつもの呼び名を持ちてそれぞれを引き受けて来し冠着山は

4月5日 なんらかの由ありわれは馥郁の字を持つひとと一家起こせり

3月21日 冠着を神とあがめし縄文の人らの至ふく居所名乗るとき

3月20日(春分の日) 芭蕉句の刻まるそば塚はる来れば福寿の花のさく峠みち

3月18日 いただきし千曲なる名を生かしたるまちであるかを野辺山下れば

3月17日 わが里に春来たるらし「さらちゃん」の絵本開きてせがむ子のおり

3月16日 さらしなの堀口強く固めんと千曲の未来にらむ賢人

3月15日 春そこに佐良志奈の宮しろきなりおみなの舞いに雪神祝す

3月14日 鬼六は名まえ呼ばれて消えにけりその問いずっとさらしなやりつつ

3月13日 六十年(むそとせ)を遮るものなしわがいえの裏庭である千曲河原は

3月11日 大量の土砂と大石押し寄せし上に更級人は住むという

3月3日 さらしなに吉野の地あり後醍醐の皇子の居所のいい伝えあり

2月27日 千曲なる市の名はきっとさらしなと肩をし組んで存在したい

2月25日 羽尾びとその名に気づき冠着のみ空めがけて飛び立ちゆけり

2月23日(天皇誕生日)
    わが学ぶ小学校の名の由来たどれば日本の成り立ち視界

    中学の国語か歴史の授業にて母校の名ありわれはおどろく

    なにゆえに千年前の日記なる題か問へどもだれも答えず

    四十にて赴任をしたりふるさとに少年の問い解くことにせり

    生涯をかけて解きたい問いを得てライフワークとうらやむ人あり

2月19日 冠着の修験者(しゅげんじゃ)語り世阿弥聞きできあがるらし姨捨能は

    平らかな峰に見わたす四方(よも)ならばそれ書きだしと世阿弥弾めり

    蛍舞い夏の夜にはさらしなの里のてっぺん光りていたり

    わごこころ慰めかねつの里なれば蛍は老女の化身と世阿弥

    中秋の光をまとい舞いしのち老女埋づもれ姨捨山に

2月14日 万葉の目に耳こえにすがしくて伝わることの千四百年

    そらみつの大和の国にやすみしし大君(おおきみ)おわしすがしき調べ

    あまたなる血を見しのちの宮の名は浄御原(きよみはら)なりあすかの里の

    古都撮りし人の残しし花々に教えられたり古びずあるを

    わが生まれ育ちし時代は昭和編む万葉集の中にありたり

2月13日 はじまりは雨は地を見て雪は空見上げるものなり雪ふりたまえ

    初雪は地上に白をふりしきてこの世を浄化せよと促す

    白く行き白くもどり来(く)みねしろき山のふもとを新幹線は

    見つけたり白の美意識さらしなに日本貫く棒のごときを

2月11日 さらしなの姨捨に来てもち帰る若返りという心とからだ

2月6日 何よんで何をよまぬかわがこころさ迷いながら始まるひと日

    わがこころさらしなを二度唱えたりすがすがしさよ躍動感よ

    わがこころ万葉人も歌いそめわからぬものと嘆いていたり

    旅先は最上階なり引かずともよきカーテンを引くわがこころ

2月5日 平安時代に彫り出された十一面観音菩薩の春祭りが4月17日にある
    欅(けやき)なる一木彫りの智識寺の十一面の観音立像

    平安の世に現われて千年の涙流せる智識の菩薩

    お顔には目もとを下る二つなる白き筋あり千年涙

    二メートルゆうに超えたる見上ぐれば首は背筋とつながるを知る

    現われし平安時代もともとは冠着峯に近くおわすと

    遠足に担任語りし智識なる観音あまたの苦悩預かる

    菩薩さま峯よりくだり里人を守り守らる大御堂(おおみどう)にて

2月3日 謎ともに更級への旅二十年言の葉そだち次は実と花

    昭和なる生まれの残務埋もる場を立つに値す舞台とせるを

1月31日 冠着橋
    河原に木組みの下りし冠着の橋の上下の謝意と気づかい

    貧しくて渡しきれずも途中より原に下ろせば人は渡れり

    大水の出れば木組みは流されて残る鉄筋コンクリートは

    日本の育ちとともに増築し架かりしときは四段の幅差

    名誉なる呼び名「天下の奇橋」には語る切り口あまたありけり

    名づけ親は一般募集にこたえたる冠着山のふもとの男

1月30日 わが里は古来ゆ都びとたちの大きあこがれさらしなの里

1月28日 子育ては褒める時代の日本遺産土地の名誉めて活かすやる気を

1月27日 豊臣秀吉と伊達政宗それぞれに「さらしなの月」の歌。さらしなや雄島(おじま)の月もよそならんただ伏見江の秋の夕暮れ(秀吉)、曇るとも照るとも同じ秋の夜の其の名は四方にさらしなの月(政宗) 伏見江は宇治・巨椋池、雄島は宮城・松島のこと

    秀吉は城下の美月詠みたくてまず呼びだせりさらしなの名を

    伏見江の月を秀吉政宗にさらしなやの歌唱えつつ見す

    晩年の政宗詠みしさらしなの月まなうらに自慢す太閤

1月25日 千曲川月の都の真中ゆき白き流れをいっそう磨く

    千曲川たっぷり曲がる北信へ運べり月の都のひかり

1月24日 古峠
    目の前に広ごる見たる都人「ここがさらしな」古峠に立ち

    土地の名を呼べば清しき躍動のしなのの国のさらしなの里

1月23日 春探しの山
    早春はどうのやまにて春さがす遠足のあり更級保育

    さらしなの友の会誌に載せるべく園児とともにどうのやま訪ふ

    どうのやま入(い)るには沢を渡らねば丸太の橋の向こうに園

    手を伸べて迎うる丸太の橋のうえ信頼という情操教育

    どうのやま里山として秋なれば落ち葉あつめき児童のわれは

    どうのやま長じて堂と書くを知るどんぐり拾いの記憶かなし

    丸太橋渡しし人の息子なる公人さん継ぐ春探しの山

1月19日 伝説の教師
    思春期のわれらに差しだし叫びおり「いーろりったあい」と美術教師

    がらくたとしか思えないしなじなで埋まりていたり教壇まわ

    生き物は朽ちゆくさまも美しと鳥の死骸を見つけし女子

    地元なる美術館にて回顧展あれば集まる伝説かずかず

    兵隊に召されしときの自画像が買えるのならば買いたかりけり

1月17日 さらしなの湯
     特急の停まりし戸倉のホームには大書歓迎さらしなの湯と

     上山田温泉境に更級の郡(こおり)にあるを誇りし宿あり

     境向こうむかし更級村なりし 合併により埴科郡(ごおり)

     右なるは埴科左は更級の郡と彫りし石碑(いしぶみ)いずこ

1月16日 花も月も二都への迷い埋づもれる信濃分去れ熾火のごとく

1月13日 千年に一度の地震(ない)に浮き沈むその関係にある更級埴科

     千年に一度の地震のしわざにて月の都という今があり

     千年に一度の地震の直近は1847善光寺地震

1月12日 千曲市の魅力アップにさらしなを使わずにいるもったいなさ

     棚田よしさらに深掘りさらしなでいってみないか初めの日本

1月11日 合併は地名遺産を生みだしてわれ始めたり更級への旅

1月10日 来し方を物語らんと平安のおみな使ひし更級の地名

    訪ひしことなき更級が浮かびきておみなの日記文学となる

    記載なき更級こそが題名とおみな現代作家のごとし

1月9日 千曲どんぶり
    すずめ焼き母が注文われが行き豊味(とよあじ)食堂奥に厨房

    すずめ開くすがたに割きし鮒(ふな)揚げて甘から醤油に漬けて香ばし

    豊味のおじさん千曲川に獲り品書きつくると媼言いけり

    鯉(こい)肉のうすき切り身のフライありさくさく食めばほの苦みせり

    好物は千曲どんぶり鯉(こい)のフライ卵でとじて青豆のせて

    上がり口に置かるどんぶりカキンとう音色ののちの放たるかおり

1月5日 千年の変わりめにわれ故郷に家族で赴にん往生寺に住む

    善光(よしみつ)の寺のうえの地往生寺りんご畑を上れば御寺

    日々下り上るを二年続けたり天界ごとき坂の上のわれ

    店先にコロッケ吾子と買いにいく手つなぎ下る往生寺坂

    熱々のコロッケほおばり吾子たちと上りし夕の往生寺坂  

1月4日 力ある人の助けを借りながら力ある地名使わぬ不思議

    土地の名がブランドであるそれつまり強力地名ちいき起こしの

1月3日 月露霜(つきつゆしも)しぐれも雪にとさらしなを白く詠む歌 佐良志奈神社に

    さらしなを白く遊べる都人の歌碑あり誕生 更級村は

    都人楽しからんや下句にてさらしさらせるさらしなと詠み

1月2日 さらしなとはにしな一つのまちになりしなのの国のハートをなせる

2021年元日 さらしなにひと峯冠着ふた峯の鏡台さらに三峯山あり

      さらしなにおはつせ黒彦しらすけの都の三貴種ゆかりの名の在り   

12月31日 聞き分けのなきわれ倉庫に入れられて天照(あまてらす)なる岩屋を知らず

     君島のおばさんとびら開けくれし天手力男神(あめのたじからおのかみ)なりき

     君島さんののり巻きうましお産する妻にかわりて長女につくる

     たまご焼き干瓢を煮て米を敷きすのこ戻せばいのちの温もり

12月30日 旧更級村の入口にあった大谷商店。閉店して10年
     歳末の店番たのし強火力ストーブのまど炎おどれり

     餅のせばみんなの視線そそがれてまずはわれ食む砂糖醤油に

     店先に積み上ぐみかんの白き箱ふるふる雪にだいだいまぶし

     閉店に母は贈らる「バス停の店」とう歌をわれの友より

12月27日 意味などは考えぬ名が詠まれればその優美さよ万葉橋の

12月23日 さらしなには沢を渡ってのぼる堂の山という里山がある
     堂の山の芽吹きのにぎわい幼らが春を探しに丸太わたれば

     大谷の正平さんが架けくれし丸太橋にて森に親しみ

12月22日 ほめるコツ「さすが」「すごいね」「すばらしい」3Sと聞きさらしなを足す

12月21日 歌ありて出来上がりたり物語逆もまたあり更級日記

     菅原の孝標むすめ歌つくり物語りして歌またつくり  

     先なるは卵なりしか鳥なるか分からぬように更級日記

     二十年消えずにいたり更級の日記に込めし埋もれ火燃やす

12月20日 2020年は更級日記作者が少女期を過ごした上総国(千葉県市原市)を旅立って千年。地元ではさまざまな「千年紀」事業

     旅立たれ千年たちし上総国いまも謳えり更級の名を

     上総国の国分寺へとつながれる駅よりの道「更級通り」

     更級の日記作者の育ちしを誇れる町のそば屋「更科」

     「さらしな」とひらがな大書の白木板厨房うえに掲げられけ

     カレー南蛮たのみ構想あたためる月の都のさらしなの里

12月19日 千曲市出身の日本美術院同人、日本画家の倉島重友さんの新作を見て
     実りとは輝きである七年の時も実れる「豊穣の棚田」     

12月13日 土地の名は戦略である合併を活用したり更級村長

12月12日 さらしなは心のキャンバスそれぞれが色をのせたり描いてみたり

12月3日 川沿いの店
    わが生まれ育ち四十年(よそとせ)離れしも構えは今も大谷商店

    川沿いに初めて出たる店なればわが遊び場の田畑用水

    渡したる橋の下なるくらがりは魚とう生き物たちのたまり場

    店構えその一角に停留所つくればボックス呼ばれたりけり

    田舎なる百貨の店も半世紀へれば役割不要となりにけり

    芝原の洋一さんはバス停の店とう歌を母にくれにき

    消滅す更級村の入り口にありたるからにさらしな堂と

    店内の廃棄終われど大谷の大の字ボードは捨てられぬ

11月28日 千曲川西堤防を走るわれさらしな一望ビューラインなり

     さらしなのビューラインだと繰り返しいつかみんなで「さらビューライン」

11月23日 水の出し更級村の入口に最初なる店わが育ちたり

     それなりの事業家なりしじいさんがわれの生家を商店とせり

     にぎわいの築地の商い手伝す村上女子(おなご)吾の母となる

     吾の父は祖父の家にて産したる乾麺つくる主を受け継ぐ

     父つくるそばの香りよ添加物なくしてカビの生えることあり 

     大臣賞もらいて父はふだんごと「更科そば」を作りていたり

     松代藩の財政関与の大幸を祖父は頼りて浜に行きしと

     合併で消滅したる更級の村の役所にわれ一度行く

11月20日 たいこう
     松代の騒動起こす元凶とされし大幸ふるさと踏めぬ

     たいこうと呼ばれし人はのちに知るわれと同姓大谷幸蔵

     同姓であれば余計に知りたくて墓所なる古碑を手掛かりにせり

     焼き討ちにあいて畑のままなるに更級中学建設されたり

     校庭の一角大き碑のありてわれの遊び場上り下りして

     明治なる戦略産業養蚕は大幸浜にて大商いす

     蚕界の偉人と吉田が揮毫せし戦後に大幸本になりたり

     帰られぬ大幸のあと我たどり横浜仙台訪ねたりけり

     末裔は大幸のこと知りたいと複写わたせり「蚕界偉人」

11月13日 冠着十三仏(かむりきじゅうさんぶつ)
     峯を落つ大岩ほとけに見たてたる修験者おりし冠着坊城(ぼうじょう)

     明治なるふもとの村の地図の上に十三仏あり里びと復す

     十三の仏は死者を浄土へとみちびく仏さま順じゅんに

     冠着の峯ちかくより里に下る寺の住しょく仏名を与う

     十三の大いわ不動釈迦文殊普賢に地蔵弥勒に薬師

     さらなるは観音勢至阿弥陀如来阿閃(あしゅく)に大日虚空蔵菩薩

11月3日 善光(よしみつ)の寺の平の南端の冠着にある坊城平(ぼうじょうだいら)

     峯あおぐ修験(しゅげん)の坊が立ち並び下ればそこに扇平が

     戦後なる復興たくし里人は扇の名えて歴史たがやす

11月1日 万代(よろずよ)にしげる万の言の葉の一葉われはさらしなに在り

10月17日 児を抱(いだ)く姿の岩と見上ぐるに打たれて刺さる太き大釘

10月14日 川原がすみかでありし粟うづら宮を飾りて災い防ぐ

     もち食めばさらさらすべすべ身も心詣でしときはうづらやの茶屋

10月13日 ナウマンゾウ歩みし道なり千曲川月の都の地盤を固む

10月11日 御麓(みふもと)と書く山里に日は沈み久露と書く滝黒滝となる

10月1日 中秋
     日本の遺産となりてさらしなの月はればれと舞台に上がる 

     日本の遺産となれるさらしなの月奥ゆかし見えては隠る

9月21日 夜の棚田つき影吸いてま黒闇ここにおわせり大日如来

8月15日 平和橋
    平和橋 映画「ビルマの竪琴」に DVDをアマゾンに買う

    木橋の平和橋なり川向こうの高校通い路車輪のひびき

    両岸は田畑のみなり西先のお八幡(はちまん)さんへの道なりし

    僧演ず中井貴一の光背としてそびえたり冠着山は

    ふたたびの戦争のなき願いこめ名づけられしと今に知りたり

8月4日 二度目なる東京五輪のはずの年千曲市認定「日本遺産」と

    認定のタイトル「月の都」なりその名は千曲さらしなでなし

    補えぬ戦略失敗戦術で先達われに会うなり言いき

    千曲という市名を照らすはずなのになぜさらしなを使わぬ賢く

    さらしなは戦略であるしばらくは月の都を戦術とする

8月1日 首都の五輪二度目のはずの二〇二〇 月の都は日本遺産に

    大きなる望月二つ照らす年 月の都は輝きませり 

7月28日 冠着例大祭
    いただきに一夜籠もりて冠着の精霊に会うさらしなびとは

7月26日 たっぷりとゆったり曲がるちくまがわ冠着峰にホタルと眺む