姨捨伝説から着想した深沢七郎さんの小説「楢山節考(ならやまぶしこう)」を最初に読んだとき、白萩様(しらはぎさま)という言葉が記憶に残った。精米した白いお米「白米」のことを村ではそう呼び、祭りや病のときにしか食べられない貴重な食糧の位置づけだ。秋の初めに咲く白萩の花が、白米に似ていることと関係しているようだ。
 小説の中のこの村だけの呼び名か、日本各地で昔からあった呼び名なのか、はっきりしたことは分からないが、栄養があっておいしだけでなく、「白」をからだの中に取りこめば元気になるというものの考え方を反映させた言葉だと思う。白は古来、高貴で神聖、清浄な色とみられてきたから、その色も食べられるということは何らかの力を得ることにつながったはずだ。炊きあがった白米は、まわりのわずかな光も集めて輝く。白い湯気の中のきらめき。
 江戸時代後半に誕生した白いさらしなそばも、白米へのあこがれの延長線上に登場した食べ物だと思う。誕生したのは戦国の世が終わって約200年後。戦がない平和な時代で暮らしが豊かになり、またそば打ちの技も向上して、黒系ではない白いそばが食べられることになった。それはありがたい食べ物だったのではないだろうか。
 白をからだに入れて元気になる食べものとしては、朝の食パンも同じだ。焼いても割いたときにのぞく生地の白さや湯気は目に染みる。選んだジャムの色に再出発の方向が見えることがあるかもしれない。春先の食べ物の「うど」も白い。香りやサクサク感とともに、白をからだに取りこむことで、新たな1年への精気をつけている気がする。