93号・文化財である「塚田雅丈雑誌」

 このシリーズを書くうえで根拠や参考になっているのが、旧更級村(千曲市羽尾)生まれの郷土史家、故塚田哲男さんの研究成果です。哲男さんは農作業中の事故で大けがをし、2007年5月に亡くなりました(享年79)。哲男さんはその数年前に、塚田家の山林から木材を切り出し書斎をお造りになっていました。
 住宅部分から廊下でつながる離れで、哲男さんの生前に一度、まだ木の香りがする中、うかがったことがありました。今回、哲男さんがお持ちだった初代村長、塚田小右衛門さんの資料を拝見するため、奥様の愛子さんにお願いして再び訪ねることができました。
 「羽尾百物語」
 哲男さんのお宅は小右衛門さんのお宅の隣で親戚関係にあり、小右衛門さんの功績を明らかにしてきたのが哲男さんでした。哲男さんは旧更級村が戸倉町と合併(1955年)し村名が消滅しても当地が「さらしなの里」と現在も名乗れる論拠などについて小右衛門さんが書き残した文書冊子を、本当に偶然に手に入れたのでした。それが左の写真、「信濃国更級郡羽尾村役員録及雑誌」(以下「雅丈雑記」)です。
 B4サイズの罫線入りの和紙を二つ折りにしたものを束ねてあり、全体で約430ページ。筆で楷書体で書いてあるので、現代の我々でも読むことが可能です。小右衛門さんは晩年、この文書を含め、当地にまつわる歴史を書き残し、それらをまとめて役場に寄贈したのですが、戸倉町との合併の際、古いということで燃やされる紙束の一つになる危険に直面していました。燃やしている現場に哲男さんが立ち合い、たまたまこの文書冊子を発見し、もらって帰ったのでした(以上はシリーズ57でも紹介)。
 このことは哲男さんからお話として聞いていたのですが、今回書斎をお訪ねし、このいきさつについては文章も哲男さんがを書き残していたことが分かりました。耳で聞いた中ではなかったことも書かれていました。それによると、役場に寄贈した文書類はまとめて桐の箱に入れられていたとみられ、哲男さんはその箱も一緒に持ち帰りました。表の扉の裏には小右衛門さんのお父さんの雅秀さんが天保2年(1831)年、文書を保管する箱を特別にこしらえたという趣旨のことが筆書きされていたそうです。
 雅丈雑記の中身ですが、表紙をご覧ください。「従明和六年至明治二十二年六月・一号」とあるように、1769年から町村合併で更級村が誕生する1899年まで、主に羽尾地区を中心とした出来事についての記録です。この中に、当地が「更級村」と名乗ることができる根拠をしたためた県への申請書の写しが含まれています。哲男さんの文章によると、こうした文書綴じは全部で4冊ほどありました。小右衛門さんが亡くなった大正時代までのものも含まれていたのではないかと思います。ほかの3冊の所在は分かりません。
 哲男さんの書斎にはまた、小右衛門さんご一族についてお墓を調べるなどして作った家系図のような記録もあり、小右衛門さんにまつわる歴史を丹念に明らかにしようとした哲男さんの研究意欲がうかがえました。
 哲男さんが発表していなかった原稿もありました。「羽尾百物語」と題字がある400字詰め原稿用紙のファイルです(中央の写真)。22本ありました。百本までは書き続けるおつもりだったと思います。
 雅丈雑記を手に入れたいきさつについての文章も「羽尾百物語」の一つです。ほかに明徳寺の薬師堂や、漢字ばかりで書かれた「万葉集」に読みを施すのに貢献した僧、成俊の庵があった可能性のある畑から出土した壺について記したものなどがあります。壷は行方が分からなくなっていたのですが、哲男さんの尽力で文化財として保存されるようになったことが分かりました(壺についてはシリーズ6で紹介)。いつかさらしなの里のみなさんが読めるような手段を作りたいと考えています。
 塚田哲男文庫
 哲男さんのお宅は江戸時代、地区の責任者である名主も勤めた家だったので、江戸時代の文書もたくさんあります。火事になっても燃えないようにという配慮から、書斎には耐火性の金庫のような文書室もあります。愛子さんの許可を得て、鍵で鉄の扉を開けて中に入ることができました。江戸時代の筆跡と言葉で書かれているので、じっくり読まないと分からないものが多いのですが、当地の歴史の担い手だという哲男さんの責任感が感じられる保管室です。
 その中に右のような冠着山の大軸がありました。右上部の添え書きには冬の冠着山を描いたとは記されているのですが、ほかの字はまだ解読できていません。画家は「南○」。○の字がまだ分かりません。軸の右におられるのは今回のお訪ねにあたって同行していただいた哲男さんの従兄弟にあたる塚田正志さんです。
 今回の訪問は哲男さんが亡くなって2年近くがたっていましたが、亡くなる前のままにしてあると愛子さんはおっしゃっていました。執筆に使った文机の隣に置いてあるちり箱にはイカのおつまみの袋が入っていました。お酒好きの哲男さんの姿が思い浮かびました。「塚田哲男文庫」と呼ぶことにしたいと思います。

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